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社主からのメッセージ ~私と協会活動~

 

社団法人 京都府建設業協会 60周年記念誌より

 

 

 

小 﨑 勇
(昭和53年京都府建設業協会会長就任 以後昭和60年まで在任)
歴史的転換期に就任 社団法人化に寄与する

小﨑勇
 

 私が京都府建設業協会会長に就任した昭和53年(1978年)当時の状況を振り返りますと、革新知事として知られた蜷川虎三京都 府知事が引退し、非革新の林田悠紀夫氏が知事に当選した、歴史的転換期でありました。蜷川知事の時代は、府と国と対立していたせ いもあり、道路や河川など府民にとって本当に必要な社会資本整備は、立ち遅れていました。
  当時、府は、大都市である京都市を抱えているにも関わらず、公共事業費は47都道府県のうち、下から2番目という状況でした。 中央 の省庁や政治家に陳情を行っても「ふん、京都か」と言われ、相手にされず、他の都道府県にどんどん予算がついていくのを見て、 悔しい思 いをしていました。林田知事誕生により、京都の建設業にもようやく希望の光が見えたと感じました。
  林田知事は、インフラの整備に努められましたが、もともと蜷川知事時代の公共事業費が少なかったため、マイナスからのスタートといっても 過言でなく、他府県に追いつくのは容易でありませんでした。 ただ、日本の建設業全体が冬の時代と言われる中、京都では国体が開催され ることになり、関連の公共事業が増え、一息ついた感がありました。林田知事が野中広務氏(後に衆議院議員、内閣官房長官)を副知事 に起用された大きな出来事でしょう。それまで、私も野中氏の事は存じ上げておりませんでしたが、副知事就任後は、卓越した指導力で、協 会を引っ張って頂きました。度々、副知事室に呼ばれ、協会活動や業界について意見交換し、ご指導頂いたことを懐かしく思います。
  私の会長時代に取り組んだこととして、京都府に指導を受けながら、協会の社団法人化、厚生年金基金設立、京都府建設産業団体連合 会設立など基盤整備に取り組んだことなどが挙げられます。任意団体のままでは、団体として「一人前」として扱ってもらえないため、社団法人化は喫緊の課題でした。 厚生年金基金設立は、建設業に携わる人が、安心して、希望と誇りを持って働ける環境を整備したい一心で取り組みました。 広報委員会も設立し、私の次の佐渡健一会長の時に実施された業界のイメージアップ活動につなげていきました。これら協会の基盤を整えたことにより、 京都府建設業協会も他府県の協会に負けない組織になったと確信しております。
  今の建設業を見渡しますと、非常に厳しい状況だと感じます。最近の世界的金融危機は、私が子供の頃に経験した昭和4年(1929年)の 世界恐慌の状況と似ているどころか、全く同じだと言わざるを得ません。世界的な金融危機は建設業にも大きな影響を及ぼすでしょう。 大変な時代だからこそ、協会加盟企業も技術力を高めつつ、世界情勢を見据えながら、研鑽を積む必要があるでしょう。 京都府建設業協会が60周年を迎えた事は、会長を務めた私としても、感慨深いものがあります。これからも、協会加盟の企業の皆さんと協会職員の方々が一致団結し、 府民のために活動されることを祈念します。